我々ヒトはこの空気の中で生活している。通常の生活の中ではそれを意識することはまずない。そのため、存在しないものとして考えやすい。同様に生活の上で重要な水がその手応えや感触からはっきり意識されるのとは好対照である。例えば空気との相対移動による抵抗は、空気の感触としてより、風という現象として意識される。現在では人力を超えるような速度を体験するのが簡単なので、空気抵抗はより意識しやすい。また、その成分についても、大気汚染の感覚のような形で意識することがある。
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空気は光の透過度が高く、音の伝達速度は小さい。これは我々を含む陸上の動物が感覚器として目を耳より重んじる傾向の基礎である。水中では逆に耳が重要になる。クジラ類などにそれが強く表れている。
スキューバ・ダイビングで使用するタンクには空気が充填されている。50m程度まで潜水する場合は窒素酔いを避けるため、窒素分をヘリウムと置換した空気を用いる。
空気は目に見えず、その他感覚にふれることもなく、普段はその存在を意識することもないが、常に身の回りにあり、無くてはならない存在であることから、ごく親しい仲のことを「空気のような」と表現することがある。また、場の雰囲気のことを空気という例もある。山本七平は『空気の研究』なる著書を出しているが、こちらの意味である。